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きょうさんの全国大会のポスターを作ってくれた「浦岡さん」を紹介するね。
彼は、デザイナーの立場で、震災後から、ずっと福島を応援してくれていたんだ。
直接、人と接する福祉関係の仕事ではないけど、人のつながりが大きくなっていくね。ありがとうございます。浦岡さん。
ボスター・チラシ・リーフ等の制作には、「ふくしまの仲間」として活動をしてくださったグラフィックデザイナーの浦岡さんの力をお借りしました。
浦岡さんは、震災後2011年7月、南相馬で開催したきょうされん福島支部研修会に訪ねてきて、宿に一緒に泊まってくださいました。震災直後の状況があちこちに残る南相馬で仕事を失ったふくしまの話を若い職員から一晩中聞いていた姿が印象的でした。
それから一週間後、私たちのもとに浦岡さんから一枚のポスターと冊子が届きました。「カンバッジとつながり∞ふくしま 」を全国に一番早く発信してくれたのが浦岡さんでした。以下に浦岡さんからのメッセージを掲載します。
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第36回きょうされん全国大会in東北・ふくしま
ポスター制作について
記憶に新しい未曾有の震災。
この福島を始め東北で被災にあわれたみなさまに心からお見舞い申し上げます。
この思い、どれほど多くのひとが心から思ったでしょう。
そして、どれほど多くのひとがこの地に訪れたことでしょう。
みんなの気持ちはひとつだったはず。
少しでもいいから何か役に立ちたい、役に立つことはないか、と。
福島及び東北の方々は震災後、今もなお本当に辛い日々が続いていることと思います。しかし、押しつぶされそうになりながらも一歩一歩前に歩き出せたのは、そんな全国の仲間からの応援や声だったと言います。
そんな福島が第36回きょうされんの全国大会の舞台に選ばれ、全国の仲間に伝えられるメッセージ。
それは、「ありがとう日本、ありがとうみんな」以外にふさわしい言葉があるでしょうか。
これは事務局のみなさんと打合せさせていただいたときに、みんなで考えた言葉です。そして、ポスターにはこれまで協力してくださった方々全ての名前を感謝の言葉に代えて掲載できたら、と言うことになりました。ポスターとしては文字だらけで読み辛いと思います。でも、それよりも、みんなに感謝の気持ちを伝えたい、と。
今回このポスターを制作させていただく機会を作ってくださった事務局のみなさまに深く感謝申し上げます。そして、これからもなお続く戦いにおいて、自分ができることがあれば喜んでお手伝いをさせていただくつもりです。それは大会に参加された方全員の気持ちでもあると思います。
福島・東北のみなさまが作ってくれたこの出会いを大切にし、これからも共に少しずつ前に進めるように…。
グラフィックデザイナー 浦岡伸行
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オイラたち、きょうされんの全国大会のナビゲーター「アヅ」「ナカマン」「ハマー」を描いてくれた、生みの親を紹介するね。
南相馬の「えんどう豆」の たきざわくるみ さんです。
彼女は20歳。相馬養護学校を卒業を迎え、えんどう豆に入るはずが、原発事故で避難を余儀なくされたんだ。そんで、養護学校の卒業式は、5月になっちまった。津波で1人が犠牲になり、みんな避難先から、この日の卒業式のために集まってきてくれて、涙の卒業式だった。6月にえんどう豆が再開して、彼女は、えんどう豆の一員なったんだ。彼女の家は、放射線量が高い地域で、今は20キロほど離れた避難先から、えんどう豆に通ってきている。
彼女は、お絵描きが大好き。えんどう豆に一番早く来るので、暇な時間に、お絵描きしていた。その絵を所長が色付けして、バッジにしたら大人気。今は、Tシャツ、ポスターになってます。メルセデスベンツのチャリティイベントで使われたり、NGOの大会でイラストが採用されたりと、彼女のオリジナリティはすばらしい。今度、東京で作品展が開かれるらしいよ。
シャイで、お話はあまりしないけど、AKB48の大ファンで、ヘビーローテーションを踊らせたら、すごいんだ。みんな、ファンになっちゃうぜ。おいら(ハマー)も、応援しちゃうぜ。
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きょうされんの全国大会の会場を調査せよ。「OK!ボス!行ってくるぜ!」
場所は、郡山市の磐梯熱海って所にある「ユラックス熱海」って所が、メイン会場らしい。
東北道で、郡山ジャンクションから、会津方面へ。磐梯熱海ICを下りる。
おぉ!温泉地!露天風呂に入りて〜!
車のラジオを聴いていると「ラジオ福島」から、福島の人の声が伝わってきた。
この声は、大和田新アナ!? 彼こそ「2013きょうされん全国大会」の実行委員長だ。
震災から、ずっと、福島を伝え続けた人なんだぜ!
福島のきょうされんのメンバーは、大会に向けて準備中!がんばろうぜ!
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福島第一原発に近い波江町にあった「アクセスホームさくら」。住んでいた波江には、戻ることは出来ません。
避難したメンバーを集めて、二本松市で再開するまでの努力は、ハンパないね。
自動車の部品の下請けの仕事ができなくなり、今では、おいしいお菓子を作ってる。
応援しとるぜ!みんな、よろしく!
さくらの笑顔が戻ってきました
3月11日の震災後、さくらは避難を余儀なくされ全員ばらばらになってしまいました。
「もう一度、みんなで仕事がしたい!」との思いがかなって、平成23年8月1日に二本松市で事業再開することができました。
利用者さん全員は戻ってくることはできませんが、13名の笑顔が戻ってきました。
さくらは全国から、たくさんの方々にご支援を頂き以前のように、みんなで活き活きと活動することができるようになりました。
震災後から始めたお菓子作りも順調に実績を伸ばすことができ、皆様から「美味しい!」との声を頂いています。
今後も笑顔になれる美味しいお菓子を作って福島の復興につなげられるよう、がんばります!
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警戒区域の浪江町にあった「コーヒータイム」を紹介するね。なかまは、原発が爆発して、みんな避難したんだ。カフェがあった場所は、ダッシュ村に数キロの所で、現在でも、放射線量は10マイクロシーベルト/毎時ある。町民の多くが、二本松市に避難したんで、駅前のビルを借りて、作業所を復活させたんだ。避難したメンバー以外にも、新しいメンバーも増えて、がんばってるぜ!
(震災前のコーヒータイム)
全ての町民が避難地区に指定されている波江町で、喫茶店を主たる事業として運営していた「コーヒータイム」です。
波江町では、15名ほどいた利用者の全国に、散々となり、二本松市で再開した時は、4名でした。現在は、二本松市と福島市からの利用者も増えて、12名の登録となりました。
再開した所が、二本松駅前の市民交流センター内という恵まれた環境なので、二本松や浪江の方々の憩いの場である様に、努力したいと思っています。
(NPO法人 コーヒータイム 橋本由利子)
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