まち子ちゃんの店


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アズで〜す。
ふくいちから40km圏内のある田村市船引町の「まち子ちゃんの店」と「みらくる」から、熱〜いメッセージが届いたわよ。
余談だけど、まち子ちゃんの店は、クッキーを作っていて、おいしいのよ。

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私たちの事業所では、まち子ちゃんの店(就労継続支援B型)とみらくる(生活介護)を運営し、障がいのある人たちが日中活動の場として集い、知識と能力の向上に必要な訓練やリハビリと必要な機能訓練を受け、毎日を過ごしていました。
2011年3月11日、宮城県沖を震源とした東日本大震災は、今まで経験のないほどの衝撃と人的災害をもたらしました。
幸運にも、引っ越したばかりの事業所建物には目立った損傷も少なく、またけが人もなく、余震の落ち着きや交通事情を確認し、安全に利用者さんをご家族の元に引き渡すことができました。

地域で単身自立生活をされている利用者さんとって、余震が続く生活環境は不安が大きく、また自宅が半壊されている方もいらしたために、事業所で話し合い、避難場所として、生活介護事業所を提供し、共同生活をする判断をしました。
彼女ら全てが身体障がい、言語障がいを持つ重度の重複障がい者です。地域での自立生活では、ホームヘルパーの介助なしでは生活が困難な方たちです。

震災で床に落ちてしまった事業所のTVでしたが、当時の報道を視聴することができました。日を追って、ガソリンや物資が滞り、事業所に通うホームヘルパーや事業所支援員の足に影響が出始めました。
時事報道を収集し傾聴していた中、福島第一原発事故が発生しました。
理事長より、ご家族にお子さんがいるまたは妊娠中のホームヘルパーさん、支援員には、可能な限り遠くへ避難して欲しいと話がありました。

利用者さんを残し、避難してもよいのか、家族を守り、避難すべきか。
事業所に避難されている利用者さんは、ホームヘルパーがいないと生活が困難です。

避難指示範囲の情報に日々変動がある中での不安と、放射能汚染に対する恐ろしさ。
半壊した自宅、確保が難しいホームヘルパー派遣、続く余震。原発事故の終息も見えない。
会議をし、勤務シフトの変更、工夫を重ね、ホームヘルパーの確保が可能となり(実務は過労働でしたが)私たちは利用者、ホームヘルパー・支援員共々、自主避難をするという決断をしました。3月14日のことでした。

ホームヘルパーの利用に関しては、障害者自立支援法の制度利用を当該市町村に申し入れ、個別の障がいの程度に合った1ヶ月の支給量(時間数)が決定されます。これは、居宅での利用(家事援助・身体介護)が基本となり、利用者さんの居宅以外のホームヘルパー派遣は制度上認められません。また、災害救助法による介護補償もありません。
震災時は特例給付が認められ、居宅以外のホームヘルパー派遣を行うことが可能でした。
しかし、生活環境が変わり慣れない避難先での生活は、普段の生活に比べ、排泄・入浴・食事・コミュニケーション介助等の日常に必要とされる支援に時間を要し、支給量を超えてしまいました。
すぐに当該市町村の担当職に連絡し、「避難することにより、支給量を超えてしまう可能性がある」旨を伝えたところ、「記録をきちんと取っておいてください」との返答を受けました。

およそ1ヶ月の自主避難を行い、帰宅しました。
震災時は、様々な特例が県から、また市町村から決定されていました。
自主避難に対する特例給付も多くの市町村で伺うことができ、その多くの方たちの生活は守られていました。

私たちの事業所で自主避難された利用者さんの1名が、自主避難における日常生活で支給量を超過したため、市町村窓口に相談に向かいました。
通常ではない特別な事情なので、「特例給付」または支給決定時間数の「支給変更申請」が適用になるものと考えていましたが、そこでの話は、耳を疑うものでした。

支給量超過に対する「特例給付」は適用されないこと、また「支給変更申請」は、事前に行うべきものであり、事前の内容を審査し決裁へと進む手続きになるため、さかのぼった支給変更申請はできないとのこと。
自主避難なので、特例給付以外は自腹になるのでしょうか。
この説明を受けてもなお納得がいかず、「支給変更申請書」を提出しましたが、窓口で受け取りを拒否されました。
市長宛に「支給変更申請書」を郵送したところ、受理され、担当職が聞き取り調査のため訪問にきました。
しかし、震災当時の被害状況は改修済であったために、全半壊には該当しないと判断されてしまいました。

その後の結果、「支給変更申請書」は、却下されました。

大きな理由としては、
1 災害救助法による全半壊・全半焼またはそれに準ずる被災に該当しないため
2 自主避難によるもののため

自主避難をしないと、想定される恐ろしさや困難は、計り知れませんでした。自分の安全が自分で確保できないと判断した末の、自主避難でした。

その後、様々な情報と仲間の署名運動、同意され無償で意見書をお書きくださった弁護士さん等の支援・協力を頂き、福島県に対し8月24日、審査請求を行いました。

福島県の裁決書には「支給変更申請」に関しては、「心身の状況の変化その他の当該申請を行う原因となった事由を記載し、厚生労働省令で定めるところにより市町村に対し当該支給決定の変更を行うことができる」ことが明記されていました。

この裁決を受けたのは、平成23年12月27日。震災から9ヶ月以上の時間を要しました。

3.11未曾有の大災害では、未だ避難を余儀なくされている多くの方たちがいます。
各々で判断し、行動を起こされています。1人1人の判断は、不透明で不安なまま実行されており、命を落とした方も少なくありません。
1人1人が「正しい」と思い行動を起こしています。

災害が起きても、障がいがある人や要介護者、社会的弱者が困窮することなく、すみ良い制度社会が整えられることを、切望いたします。