その他

第412話  本田武久さんを偲ぶ会

 

 
6月30日(日曜日)に小名浜のイタリアンレストランdon 3で、昨年亡くなられたテノール歌手の本田武久さんを偲ぶ会が開催されます。

本田武久さんは特殊な癌と闘っていましたが、福島を始め被災地に勢力的におもむき支援コンサートを開き、私達に夢と希望と命の大切さを教えてくれました。

当日は、本田武久さんのパートナーで、本田さんを看取ったヒロさんが特別参加され、在りし日の本田さんを語ってくれます。

この日ヒロさんは、本田武久さんを支えてくれた福島の皆さんに、どうしても感謝の気持ちをお伝えしたい という事で、東京からお出でになります。

そしてこの日、先日横浜で行われた「本田武久追悼コンサート」の収益金の中からラジオ福島の「通りゃんせ基金」に募金をお寄せ頂くことになり、ヒロさんからラジオ福島を代表して大和田新アナウンサーに募金が手渡されます。

本当にありがとうございます。

また本田武久さんの生き方に感動した、ソプラノ歌手の寺島夕紗子さんや門馬嘉彦さんも、快く皆様の前で歌う事を承諾してくださいました。

寺島夕紗子さんには本田武久さんの代表曲「アメイジンググレイス」を、門馬嘉彦さんには本田武久さんが数ある復興ソングの中で 一番好きだとblogに書いてくれた「願い」を、心を込めて歌って頂きます。

寺島夕紗子さんと門馬嘉彦さんのミニコンサートの後は、don 3のピザ、パスタ、特製サラダそしてお好きな飲み物(ワンドリンク付き)でお楽しみ下さい。

最後は、本田武久さんの18番「翼をください」を全員で合掌、いや合唱して天国の本田武久さんに感謝の気持ちを届けたいと思っています。

「本田武久さんを偲ぶ会 」は、6月30日(日曜日)午後1時から、いわき市小名浜のイタリアンレストランdon 3で開催します。

参加費はお一人様5000円で歌と軽食付き(ワンドリンクサービス)。

定員は40名です。

お申し込みは
レストランdon 3
電話0246522454まで。

定員になり次第締切とさせて頂きます。

皆様のご参加をお待ちしています。

第411話  本田武久さんを偲ぶ会

 
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昨年、天国に召されたテノール歌手・本田武久さんを偲ぶ会を、6月30日(日曜日)、いわき市小名浜のレストラン「don 3」で開催します。

☆イタリアンレストラン「don 3」いわき市小名浜大原東田75‐4
TEL0246522454

☆時間は午後1時から。
☆会費は5000円。
☆定員は40名。

ゲストは、ソプラノ歌手の寺島夕紗子さんと、浪江町出身のシンガー門馬よし彦さんの2人。

寺島夕紗子さんのお父様が反戦歌「さとうきび畑」を作りました。

門馬よし彦さんは、津波で自宅を流されました。苦しい時辛い時、いつも側で励ましてくれたのが、本田武久さんのアメイジンググレイスでした。

前半は、寺島夕紗子さんと門馬よし彦さんのミニコンサート。

後半は、在りし日の本田武久さんを偲び、本田さんが遺してくれた名曲の数々を聴きながら、美味しい料理とワインで、一時をお過ごし下さい。

予約の受付は、レストランdon 3までお願いします。

40名限定ですので、早めにご予約下さい。

尚当日は、本田さんのパートナーで、最期まで本田さんの傍らを離れなかった「ヒロさん」も駆け付けてくれます。

ヒロさんから、皆さんへの感謝のメッセージをぜひ、お聞き下さい。

尚、6月30日(日曜日)に設定したのは、6月24日が本田武久さんの誕生日だからです。

★写真は、2011年12月25日、レストランdon 3で行われた「本田武久さんのクリスマスコンサート」。

第410話  ここは、ヨコスカ。

 
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私の故郷、神奈川県横須賀市(本当はパリ出身、南フランス育ち)。メインストリートの近くに、ヨコスカFM(blue湘南FM )がある。なんとここに、学生時代、八木志芳アナウンサーがアルバイトをしていたらしい。この日も、金髪の美女がオープンスタジオの前を闊歩していた。何とヨコスカらしい風景だこと。

しかし、ここで八木アナウンサーは、何をしていたのだろう。彼女のアナウンサーの原点が横須賀にあったとは。

不思議な縁を感じています。

第408話  相馬東高校感想文③

 

 
1ヶ月前の4月21日(日)に、相馬市にある県立相馬東高校で講演してきました。満開の桃の花に、季節はずれの雪が積もる寒い日でした。

震災のど真ん中にある相馬東高校で、私が講演してもいいのか、そんな資格があるのか、当日まで悩みました。

家を流され、家族を失い、原発事故により不自由な生活を強いられている生徒もたくさんいます。

でも、そんな悩みを解決してくれたのが、講演会終了後に送られてきた、生徒 達からの感想文でした。感想文は、2回に分けて送られてきました。1回目が200枚、2回目が100枚の合わせて300枚。コピーではなく、全て直筆です。学年や名前も殆どが記入されています。私の宝物です。

昨日届いた100枚から、いくつかを抜粋してご覧頂きます。

高校生達の未来を見つめる純粋な気持ちに感動しました。

①沿岸部の磯部に住んでいた友人が心配でした。3日後に無事が確認できて、ホットしました。でも、原発事故で遠くに行ってしまい、震災後1度もあっていません。寂しくて半年は泣いていました。今は少しは元気になりましたけど、やっぱり、会いたいです。友達を返して下さい。私は、福島県が、相馬が、海が大好きです。

②私の家は磯部にありました。全部津波で流 されました。でも、故郷を思う気持ちは流されていません。大和田さんの話しを聞いて、「東日本津波原発大震災」を子供や孫に伝えていこうと思いました。私の将来の夢は、医療関係の仕事に就く事です。

③豊間中学校の被災したピアノが復活した話に感動しました。僕の夢は、消防士になって多くの人の命を助けることです。人から信頼される人間になります。

④講演を聴いて涙があふれました。震災後の混乱を思い出しました。夢を持つことの大切さを教えてもらいました。未来に向けて歩んでいきます。

⑤私の住んでいる相馬は町の中はどんどん復興していますが、海沿いはまだまだです。どこかに原子力発電所の事故の問題があります。それは、私達の孫の代までつづきます。その問題を 、私達は今の大人に任せないで、一緒に考えていかなくてはダメだと思っています。地域の人達が協力して乗り越えて行くことが大切だと思っています。私の将来の夢は、ウェディングプランナーになることです。花嫁さんに最高の笑顔をプレゼントしたいからです。

⑥正直、震災の話しは聴きたくありませんでした。私の家族は無事でしたが、親戚は被害にあいました。弟は早く家に帰りたいと言いますが、帰るうちはありません。

⑦私の家までは、津波の被害はありませんでした。電気も水道もガスも止まりませんでした。だから、震災のことを深く考えていませんでした。講演を聴いて、沢山の人が原発事故のせいで、家に帰れなかったり、家族を捜せなかった事を知りました。どんどん福島のこと は忘れられています。この現実を伝えなければとおもいました。私は、多くの人を笑顔にできる仕事に就きたいと思っています。講演ありがとうございました。

⑧僕の夢は警察官になることです。理由は簡単です。震災で困っている人達の力になりたいからです。人を助けたいんです。大和田さんの話しを聞いて、原発事故で家族を捜せなかった人がいた事を知りました。 この大震災を語り継ぐ事を約束します。

⑨講演を聞いて、改めて地震や津波を忘れないようにしようと思いました。生きたくても生きられなかった人の分も生きようと思いました。そして、歯科衛生士になるという自分の夢を叶えます。講演を聞いて、夢を持つことの大切さ、夢の実現に向けて努力する事の必要性を学びました。

⑩僕の夢は、看護師になることです。震災後、母から看護師の必要性を聞き、この道を選びました。講演を聴いて、その気持ちが強くなりました。目標を持ち、諦めずに努力していきます。高校生活の3年間を大事にします。

⑪将来の夢は、保育士になることです。講演を聴いて夢の実現に向けて頑張っていこうと思いました。震災の経験を無駄にせず、子ども達の命と 笑顔を守りながら、一緒に成長していきます。

⑫講演ありがとうございました。これからも被災地や被災者の真実をきちんと伝えて下さい。私達若者の意見も取り上げて下さい。私の将来の夢は、栄養士になることです。

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どこまでも前向きな高校生のメッセージに、私たち大人がどう答えていくか、生き方が問われていますね。

頑張りましょう!

第406話  出生前診断説明ミス

 

 
☆北海道函館市の産婦人科医院で2011年、出生前診断でダウン症と判明した胎児について、誤って「異常なし」と両親に伝え、別の病院で出産した男児がダウン症の合併症等で3ヶ月で死亡した事を受け、両親は院長らに損害賠償を求める訴訟を起こしました。

これについて、自らも骨形成不全症で出産経験を持つ、車椅子の友人から昨日メールが届きました。

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新聞を見て、目を疑いました。

函館の「えんどう桔梗マタニティークリニック」の院長 遠藤 力医師は、私達が福島医大で出生前診断を受けた医師です。

当時、骨形成不全症の遺伝の研究をしていました。私達に勇気を与え、娘
の命を支えてくれた医師です。

出生前診断には賛否両論あり、どの選択が正しいのか、私達は正しかったのか、私は今だにわかりません。

でも、遠藤医師は、私達を親にしてくれました。

私の部屋には今も産まれたばかりの娘を抱いた主人と私と医師達の写真があります。

あの日の感動は、あの日の青空と共に私の脳裏に焼き付いています。

そんな医師のあってはならないミスに、言葉もありません。

出生前診断 どうなのでしょうか…。