いわき市

第629話 月命日④~薄磯

 
DSC_0958
 
DSC_1088
 
平成25年10月11日(金曜日)、東日本津波原発大震災から2年7ヶ月。

福島県いわき市薄磯を訪ねた。

いわき市最大の津波の被災地で、130人が亡くなり、今も10人が行方不明となっている。

いわき市では、小学生が2人津波の犠牲になっている。2人とも、薄磯地区にある豊間小学校の児童。6年生のマリアさんと、4年生の姫花さん。

マリアさんは直ぐに避難したが、愛犬を心配してお母さんと一緒に自宅に戻り、津波に流されたとみられている。

朝9時に自宅前を通った時には、生花は手向けられていなかった。

しかし、午後2時過ぎにマリアさんの自宅を通った時には綺麗な花が供えられていた。

地元出身の友人に聞いたら「マリアさんを心から愛していた、おばあちゃんが来たんだね」と言っていた。

合掌

第628話 月命日③~慰霊洋上供養会

 
DSC_1029
 
DSC_1055
 
DSC_1040
 
震災から2年7ヶ月が過ぎた10月11日(金曜)いわき市江名港で、洋上供養が行われました。

港から2キロの洋上では、会津薬師寺の筒井叡觀(つついえいかん)住職による読経が流れる中、散華供養(水溶性の紙塔婆3000枚を海に撒く)が行われ犠牲者の霊を悼みました。

津波で家族3人を亡くした地元の50代の男性は「あれから2年7ヶ月が過ぎましたが、心癒される日はありませんでした。あの時、なぜ家族を助けられなかったのか、後悔の念でいっぱいです。でも、いつまでも悲しんでばかりではいられません。妻も両親も自分達の分まで精一杯生きて欲しいと思っているはずです。悲しいけど、前を向いて生きていきます」と。

家族を失った遺族の皆さんには、いつまで経っても節目 はありません。

読経を終えた筒井叡觀住職がおっしゃいました。「最大の供養は忘れない事です。そして、生きている私達が、しっかり生きる事です」と。

第627話 薄磯②

 
DSC_0940
 
DSC_0971
 
DSC_0981
 
瓦礫の撤去は進んでいる薄磯地区。

基礎しか残っていない沿岸部。

人形と花が手向けらている。ここでは、10歳の少女と祖母が犠牲になった。家族が毎日ここを訪れ、花を供えている。

その中を、観光バスが走り抜けて行く。

ここは観光地でもあるが、被災地だ。

この光景を見たら、バスの中からでも手を合わせて欲しい。

第626話 月命日

 
DSC_0948
 
震災から2年7ヶ月。いわき市の薄磯にきています。

小雨が降っています。

薄磯で唯一営業を再開した民宿鈴亀のご主人・鈴木幸永さんが慰霊碑と海に向かって手を合わせていました。

鈴木さんは、「辛い苦しい2年7ヶ月でしたが、多くの人に励まされてきました。その支援を力に変えて、これからも塩屋崎灯台と一緒にに頑張っていきます」と静かに語ってくれました。

第590話  命のコスモス

 
590
 
この震災で、いわき市最大の犠牲者を出したいわき市平薄磯地区。津波で110人が亡くなり、今も10人が行方不明になっている。

当時10歳だった小学校4年生の鈴木姫花さんも犠牲になった。

姫花さんは絵を描くのが大好きで、将来はデザイナーになるのが夢だった。

姫花さんが最後にいた、父・貴さんの実家は今は、土台しか残っていない。

先日の台風のせいだろうか、基礎の中には水が溜まっている。

そして、その手前には秋桜が咲いている。

この写真は、姫花さんの父・貴さんが送ってくれた。

写真に関する貴さんのコメントは、いっさい書かれていなかった。

写真を見た人が、それぞれに感じて 欲しいという願いなのだろうか。

私にはこの秋桜が、天国の姫花さんから両親へのメッセージに思えてならなかった。

「毎日、この場所に手を合わせに来てくれてありがとう。私は天国からいつも家族の幸せを祈っています」と。

合掌。