第572話 いわき、ときわ塾を訪れて
MRIC by 医療ガバナンス学会より転載いたします。
東京大学大学院工学系研究科原子力国際専攻
修士課程一年
前橋 佑樹
●「いわきの子供たちに勉強を教えてくれませんか?」、ときわ会事務局長、神原章僚さんに言われたのは、今年の三月の事でした。当時私は友人と一緒に、東京で親交のある競輪選手の古川功二選手の応援に、福島県いわき市を訪れていました。そこで開かれた宴会の席での話だったのですが、その時は、分かりました、考えておきます、と深く考えずに返事をしてしまいました。しかしその後あっという間に話は進み、7月には『「魁!ときわ塾」をやろうと思います。小学生が20名ほど参加予定です』と、受け入れ体制が整った旨のメールをいただきました。
私は、東大剣道部の後輩の小田紘之君(東大工学部四年)と、その研究室の先輩の太田耕右君(東大大学院工学系研究科一年 )と一緒に8月6日から9日まで再びいわきに行くことになりました。
●ときわ会
ときわ塾を主催するときわ会グループは、いわき市を中心に、人工透析と泌尿器疾患を中心に診療する医療グループです。
一方で、介護老人保健施設や幼稚園を持つなど、医療のみに限らない活動をしています。私がときわ会を知ったのは、東日本大震災のとき、大学の先輩がいわき市の透析患者の搬送を協力した縁からでした。3月にいわきを訪れたときにご紹介いただき、いわき市内の津波被害のあった沿岸部を案内していただきました。その際、震災から2年経った当時でも残ったままのガレキや、津波にさらわれた家の残骸など、震災の爪痕を目の当たりにし、自分に何が出来るだろうと考えたことがこの度いわ きに再び行こうと思ったきっかけの一つでした。
●ときわ塾
ときわ塾は、いわき泌尿器科内の部屋を借りて行われました。小学生低学年10名、高学年9名を対象に、朝8時から夕方5時頃まで速算や読書、学校の宿題、外国人講師を招いての英会話などの勉強が行われ、テニスやボードゲームなどのレクリエーションも行われます。
その他、戦争についてのお話や、座禅、新地高校の高村泰広先生による宇宙についての講義など、いわゆる塾というイメージによらない様々な活動が行われました。我々が赴いたときはちょうどお昼時で、子供たちと給食を一緒に食べることになりました。初めての出会いにも関わらず、ときわ塾の瀬谷知之先生から「東大の先生が来てくれました!」と紹介を受けると、子供 たちはどんどん質問してきます。
「先生好きな食べ物なんですか?」「先生ギリシャ数字知ってますか?」(なんと子供たちはモノからデカまで全部言えた。)「彼女いますか?」など、大人だったら初対面の人にまず聞けないようなことまで平気で突っ込んできます。普段小学生と接する機会のない私にはそれだけで十分新鮮であり、あっという間にいわきの子供たちに親しみを感じるようになりました。
はじめ、我々の仕事は子供たちに勉強を教えることと考えていたのですが、神原さん、瀬谷先生に、「子供たちと本気で接して、話してほしい」と言われ、考えを少し変えました。子供たちと同様に、全力で速算、速読に取り組む。
7日の午後には体育館で紙飛行機を飛ばしたのですが、全力で 取り組んだ結果、見事に子供に負けてしまいました。子供たちは我々に勝つと本気で喜びます。我々が出来ることは微々たるもので、何を伝えられるのか分からなかったのですが、子供たちの喜ぶ姿を見て、少しでも役に立てたのかな、と感じることが出来ました。
最終日、瀬谷先生の計らいで、1時間ほど子供たちから質問を受け付ける時間をいただき、その中で、「どうやったら東大に行けますか?」と質問されました。そもそも小学生が大学のことを考えているのが私は驚きだったのですが、出来るだけ正直に、「目標を持って、楽しく勉強して下さい。」と答えました。抽象的な答えになってしまい、どこまで伝わったか分かりませんが、将来一人でも多くの人が、自分の目指すところに行ってくれれば と思い、いわきを後にしました。
●現場からの復興
私はこの春から東大大学院工学系研究科の原子力国際専攻に進学しました。この専攻に進学しようと決めたのは震災から1年と少し経った去年の6月ごろ、報道される情報が正しいのか間違っているのか、自分の周りは安全なのか安全でないのか分からず、自分で考えられるようになりたいと考えたのがきっかけでした。
しかし、いざ進学して勉強してもわからないことだらけ、原発再稼働はいいのか悪いのか、最近だと汚染水の海洋への流出などは大丈夫なのか、中々答えを出すことは出来ません。ですが、今回福島へ行って子供たちとふれ合い、復興という観点から何をすべきなのかが少し見えた気がしました。
福島の復興というと、原発事故 の収束や、立ち入り禁止区域の除染などの印象が先行しますが、一方で人材育成、教育も非常に大事なことだと思います。子供の成長できない土地に未来はないからです。被災地の教育というと、人材がいなくなり、苦慮するイメージがありますが、必ずしもそうではありません。
例えば、福島県立相馬高校は震災以後、外部の講師を招き、継続的に指導いただくことで、大学合格実績を飛躍的に伸ばし、今年は遂に東大合格者を出しました。この時に主体となって外部講師に働きかけたのが、震災当時相馬高校に勤められていた前述の高村泰広先生です。地域の教員が外部の方とうまく交流し、被災地の教育レベルを上げた例だと言えます。いわきのときわ塾も同様で、地域で活躍するときわ会が主体となり 、我々の様な県外の人間と協力する事で、小学生たちの教育レベルを引き上げようという取り組みです。大学受験のように結果が明確に出るものではないのですぐに効果が見えるものではありませんが、保護者の方からの評判はよいようで、冬にも開催してほしいという希望が多数出ているとのことです。私に出来ることは、継続していわきに行き、子供たちと接すること、そして新しい仲間を紹介することです。
原子力を学ぶ者としては、つい原発再稼働の是非など大きな事ばかり考えてしまいますが、現地に入って自分に出来ることをすることの大事さを気付かされました。
【略歴】
平成 1年 兵庫県三田市に生まれる。
平成 9年 如月剣友会にて剣道を始める。
平成14年 兵庫県私立灘中学校・高等学校に入学。剣道部に所属、主将を務める。
平成21年 東京大学理科一類に入学し、運動会剣道部に入部する。
平成25年 東京大学工学部を卒業し、同大学院工学系研究科原子力国際専攻に入学する。
今回の記事は転送歓迎します。その際にはMRICの記事である旨ご紹介いただけましたら幸いです。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2013年9月13日 | その他