第492話  風疹の流行を止める簡単な方法

 

 
風疹の流行を止める簡単な方法

医療法人社団めぐみ会
理事 杉原 桂

2013年7月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 

ここ半年の風疹流行について思うことがある。

専門家は、頭でつくった理想論を唱える。

例えば、ある先生は言う。
抗体検査して、必要ならばワクチンをうつ。
その後もう一度、抗体検査して免疫を確認する。
ついてなければもう一度ワクチンをうつ。
これが学問として正道だ、と。

確かに医学的には正解だ。

そして、このプランは相手が家畜や、捕虜収容所の捕虜なら大成功をおさめるだろう。

けれど、現在、私たちが相手にしているのは自由意志を持っている、はずの善男善女だ。

それぞれの深い事情から止む無くたどり着いた、ワクチン反対派、賛成派、どうでもいい派、など様々な価値観の人間が混在する。

こうした問題に対処するには、ある種のルールがある。アインシュタインの言葉に「問題を生み出したのと同じレベルの意識では、その問題を解決することはできない」というものがある。

風疹が流行しているから、ワクチンを打とう!では同じレベルの意識である。

意義を主張したり、ポスターを作ったりして、エネルギーを注いだ割には、根源的な行動変容は得られていないのが現状である。

自分もワクチンパレードに参加して、手応えの少なさを実感として感じた。のれんに腕押しという感じである。

ところが、歴史を思いおこすと、日本でもある主義や主張を広めようとする、という点において似たようなシチュエーションを経験している。

かつての大学紛争である。革マル派とか、ゲバ棒 とか、そういった時代。
映画「ノルウェイの森」や漫画「メドューサ」でその空気感をかいま見ることができる。

彼らがあれだけ騒いでも、就職になる時期にはピタリと騒ぎが止まり、
きちんとした服に着替えて、一部の例外はあったものの、ほとんどの善男善女は会社に通い始めた。

内田樹さんや村上春樹さんらの著作物はこうした時代のことを良く教えてくれる。

まだ現役で活躍しておられる先生方にも経験がおありな人もいらっしゃるはずである。

あれほど主義、主張を突っぱねていた善男善女をあっという間に行動変容させることに成功した。

本気で結果を望むのであれば、同じようなことを疾病対策でやれば良いのではないだろうか。
つまり、革マル派(=感染源)の ままでは社会側は受け入れることを拒否するのである。

まず隗より始めよ、と郭隗(かくかい)は言った。

すべての医系大学の関わる人にお願いしたい。母校に働きかけて、母校の全学部における入学試験にワクチン摂取歴もしくは抗体価の提出を。

受験するのに必要な願書の中に義務づけるのはどうだろう。反対する理由がどこにあるだろうか?

その次に、私立中学、高校に (OBの先生も沢山いることだろう) 働きかけることができる。

すでに同級生が校長クラスになっている先生もいるだろう。学校医を務める先生もいるだろう。
大学と同様、願書にワクチン摂取歴もしくは抗体価の提出を義務づける。どうせ、米国留学する時には必須なのだ。

そうして本丸である。風疹 に限って言えばこの世代の予防が現在必須である。

一部上場、二部上場している会社にも産業医の方から働きかけをして入社に必要な履歴書に、ワクチン摂取歴もしくは抗体価の提出を半ば義務づけてしまう。

入社だけでなく、海外勤務などの異動の際には確認を必須とする。

病院では当たり前である。小児科医である小生が国立成育医療センターで卒後研修を受ける時にも、ワクチン摂取歴もしくは抗体価の提出が求められた。すぐれたシステムだと思う。これを拡張してゆくだけである。

善男善女が自発的に、弱者のためにワクチンを打とうという時代がくることが望ましいがもっと早く結果をだすためには仕組みが必要である。

これならば、政府は費用負担がない。賛成とか反対と か議論の余地はない。いやならばその学校や会社を選ばなければ良い。

ワクチンはシートベルトと同じだ。違うのは、あなたがしなければ、被害は周りの人に及ぶ連結型シートベルトだということだ。

まず医療界や、出身校から変えていくのが遠回りに見えて、近道なのではないだろうか。

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