第102話 35年目のプロポーズ

 

いわき市の橋本美和子さんの「35年目のプロポーズ」です。

読んで泣いて下さい。

橋本美和子さんは、宮城県古川市出身です。縁あってお見合いでご主人と結ばれました。

いわき市に嫁いできた時には、言葉がキツくてびっくりしましたが、温かい人ばかりで、今は感謝の気持ちで一杯ですと、話してくれました。

夫婦共通の話題は、スポーツカー。結婚18年目にその夢が叶い、スカイラインGTRを購入しました。

しかし、その大切な車も自宅と一緒に津波で流されました。

「35年目のプロポーズ」

★あの日、私の姿を見つけた時、一瞬、膝が折れて力が抜けてしまったあなた。

「お父さん、ここよ!」笑顔で両手を振った私。嬉しかった。ただ嬉しかった。

少しずつ近づいてくる夫の目は、赤くうるんで、とても疲れていた。

大津波襲来直後に自宅に着き、信じがたい光景を横目に、「生きていてくれ!」と心で叫びながら、あてもなく探し歩いたという。

途方にくれていた夫に、私と母の無事を教えてくれた人を振り切るように、かけ上がり、ようやく私達のところにたどり着いたと言った。

震災から1ヶ月。妹の計らいで高齢者向けのアパートに落ち着いた日の夜。突然夫は、嗚咽を漏らしながら泣き出した。初めて見る涙だっ た。

震災以来、どんなに辛い時も、理不尽な事にも声を荒げたり、愚痴をこぼすこともなかった夫が、身一つの自分達の全てを無条件で受け入れてくれた避難先の人達の優しさや思いやりのが本当に有り難く、嬉しいと肩を震わせて泣いた。

黙って、そっと触れた指先から手のひらを伝い、そのあふれ出る思いが、私の体に流れ込んでくるような感動が走った。

その日から、時折思い返しては、夫の横顔を見つめてしまう私。

微笑みながら、「何?」と夫。

うなずくだけの私。

あれから1年が過ぎ、今は二人だけのささやかな毎日がある。

ある日、夫が私に、指環を買ってやりたいと、言ってきた。

確かにサイズが合わなくなり、最近は外していたが、こんな大変な時に 指環どころではない、と思ったが、あの時の夫の涙を思うと、何とも健気で、ここは甘えてみることにした。

私の指に指環をはめながら夫は、「これからも宜しく」と照れくさそうに言った。

「ねえ、いつか、あっちの世界に行っても、私と結婚して下さいね」。

思わず、無茶振りをしてしまった私。

夫がやっと探した言葉は、「ああ、勿論だよ。必ず1番先に見つけるよ。だから、ゆっくり来てね。待ってるよ」。

35年目のプロポーズ、今度は、私から。

橋本 美和子