その他

第692話 福島駅伝

 
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第25回ふくしま駅伝が明日行われます。

この大会は、福島県の中、長距離選手の育成、強化をはかり、各市町村のふるさとおこしに寄与するとともに、震災からの一日も早い復興を願い開催するものです。

白河市総合運動公園陸上競技場から福島県庁までの16区間95・1キロに53チーム848人の選手が、故郷への思いを胸に襷を繋ぎます。

原発事故の影響で、選手が全国に避難している沿岸部の町村では、今日はじめて16人の選手が顔を合わせたところがありました。

広野町は選手が揃わず、前半7区迄のオープン参加となりました。

全村避難の飯舘村は、これまで10連覇を含む13回の村の部優勝をはたしています。しかし、震災の年から2年連続で前半のみの参加 となっていましたが、今回は3年振りの全区間エントリーとなりました。

監督の森永伸一さん(45)は、「故郷飯舘の為に走りたいという選手ばかりが16人集まりました。みな、選手というレベルではありませんが、心を込めて襷を繋ぎます」と話していました。

その他、人口の少ない南会津の2町3村が原発事故の影響で避難を余儀無くされている川内村と葛尾村と合同でチーム「希望ふくしま」を結成し出場するのが今回の大きな特徴となっています。

「希望ふくしま」の参加により、福島県全市町村から選手が出場することになりました。

「希望ふくしま」の花の1区を担当する三瓶佳純さん(葵高校3年・湯川村出身)は、「小さい頃から福島駅伝を走るのが夢でした。夢が叶って最 高です」と笑顔で話してくれました。

佳純さんの将来の夢は、パティシエになることです。

2区を走る平野源太さん(会津学鳳高校3年・檜枝岐村出身)はクロスカントリーの選手です。

記録会では10キロを33分台で走り、急成長を見せています。性格は明るくチームのムードメーカー。
ナンバーカード53「希望ふくしま」の2区・平野源太さんに注目!

監督の小桧山淳さん(34)は、会津高校時代は北京オリンピックマラソン代表の佐藤敦之選手と一緒に陸上部に所属していました。

「希望ふくしまの合同練習では敦之君にお世話になりました。特別なチームでオープン参加ですが、総合20番台を目指します。川内村の秋元正人・愛 ご夫妻にはチームをまとめて頂き、感謝しています。それぞれの故郷の思いを襷に込めて、ベストを尽くします。応援宜しくお願い致します」と意気込みを話してくれました。

第25ふくしま駅伝は、明日午前7時40分スタートです。

ラジオ福島では、午前7時30分から完全生放送で選手の力走と息づかいをお伝えします。

第688話 非常識であれ!

 
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パリから北京、その後、札幌から東京までの1万3千キロを405日間かけて走り切った、ガリバーインターナショナル会長の羽鳥兼市 さんにお話を伺った。

ユーラシア大陸走行中、
苦しい時は、幼なじみの円谷幸吉さんを思いながら走ったという。

会社立ち上げから9年で、一部上場企業にした羽鳥会長のモットーは「非常識であれ」。

その言葉通り、ガリバーインターナショナルは今、二人の社長(長男と次男)が会社を動かしている。

73歳になった羽鳥兼市さんの夢は「失敗を恐れず、死ぬまで挑戦し続ける事」。

その言葉には、一切の迷いは感じられなかった。

第687話 現場からの医療改革推進協議会シンポジウム

 

 
東大医科研の上昌広先生からのメールです。

文中の稲村くんは、今年の相馬高校から東大の合格者です。

★☆★☆
週末、医科研で第八回現場からの医療改革推進協議会シンポジウムを開催しました。今年は、福島の除染・教育関係者の発表会の様相でした。
http://expres.umin.jp/genba/symposium08.html

 今年、安積高校から東大理IIに合格した廣田さんもスタッフとして参加。フェースブックで以下のようにコメントしています。

福島の教育が、ボトムアップで少しずつ活気づいてきています。

(引用)
昨日今日と「現場からの医療改革推進協議会 第八回シンポジウム」に学生スタッフとして参加してきました. なぜ医学部でもないお前がこんなものに参加しているのか.

答え「全ては稲村から始まる」

彼は私にとってプラットホームなのです. 彼の底力は計り知れません. 将来きっと大物になるでしょう.

このシンポジウムでは相馬高校の先生方,全国から集まった医学生たち,多方面で活躍していらっしゃる大物の先生方と交流するとができました.
今まで想像だにしなかったような出会いと人のつながりにただただ驚愕するばかりです.

今回は多くのことを学びましたが,そのなかでも「自分から行動することの大切さ」を実感できたことが大きかったと思います.

待っていたって何も降ってきません. 自分から新たな出会い,学びを求めて飛び込んでいかなければ成長することはできません.
これからも「自分から動く」をモットーにやっていきたいと思います.

一枚目の写真は恩師である遠藤直哉先生と,鈴木寛先生. 二枚目の写真は上先生と撮っていただきました.

上 昌広

第686話 福島の未来を語る!

 
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菅野村長、大竹まことさん、和合亮一さん、そして私。

極悪非道な4人が集まり、福島の明るい未来を語り合いました。

結論は、無理なエコより、爽やかなエロ

第685話 大竹まことさんと①

 
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文化放送のスタッフとタレントの大竹まことさんと一緒に飯舘、浪江、小高、原町区、鹿島を取材しました。

南相馬市原町区萱浜(かいはま)の上野敬幸(たかゆき)さん(41)を訪ねました。

上野さんは、ご両親と最愛の長女(8)長男(3)の家族4人を津波で亡くしました。

お父様と息子さんは、まだ、見つかっていません。

「子供を救えなかった無力な父親です」。

大竹まことさんは、上野さんの話しにじっと耳を傾けていました。

ただただ、じっと上野さんの悲しみを、自らの心の中に刻みこんでいました。

庭では、震災の年に生まれた2歳になる愛娘が、萱浜地区の復興の為に全国から来ているボランティアの皆さんに、笑顔を振りまいていました。

201 3年11月11日(月曜)、震災から2年8ヶ月の今日も、上野さんは家族や多くの行方不明者の手がかりを求めて、海岸を仲間と歩きます。