ここからつなぐ

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金子くんは、いい奴だぜ。福島に何度も来てくれて、クールな仕事をしてくれてる。彼にコメントをもらったので、読んでくれ!彼は、福島に何度も来てくれるのは、なぜなのか?みんなに、感じてほしいな。
 

 
jkaneko
 

神奈川から2013年1月7日から2月5日まで神奈川から支援に入っていた金子純之介と申します。
私は2011年の11月に初めて南相馬市の事業所支援に入らせていただきました。その頃は震災から8ヶ月。放射能の事についての番組とかが良くテレビで放送されていた時期です。当初、私は福島に行くのは放射能汚染がひどいので、プライベートで行く事は無いだろうと思っていました。仕事で福島に支援に行ってくれないかと言われた時、行く事を相当迷ったのを覚えています。しかし、南相馬の現状を聞くと行かない訳にはいかないと決心し、覚悟をして地元を出てきたのを覚えています。

南相馬の事業所支援に入ってみると、まだ暗い顔をしたなかまの皆さんもいましたが、段々と前の日常に戻って来ているのかな?という印象を受けました。なかまは元気になって来ているが、その分職員さんが段々と精神的に落ち込んできているなという印象でした。

2回目に支援に入ったのは、2012年2月。その頃は人材不足が深刻で、求人を出しても1ヶ月何の音沙汰もないような状況でした。事業所は暗い顔のなかまもだいぶ少なくなって、着々と笑顔が増えていました。着実に復興していっている街中でしたが、職員さんの心の復興はまだまだな状況でした。

3回目は2012年5月終から6月頭にかけて。この頃になると暗い顔をしているなかまはいませんでした。事業所にいるなかま同士、笑顔で冗談を言い合いながら仕事をする様子が見られ、とても和気あいあいと仕事をしていました。しかしそれに反比例して、先が見えない状況で職員さんの精神的な余裕は無く、ギリギリで爆発寸前にまで追い込まれている状況でした。(その後慰安旅行があったりリフレッシュ休暇を貰えたりして、少し持ち直していたようです。)

4回目の現地支援。2012年10月終わりから11月頭にかけて。初めての事業所支援から1年たちました。この頃になると現地の職員さんの採用もあり、新しい職員さんが入ってきていました。新しい職員さんが来て、以前からいた職員さんは心に大分余裕が生まれ、以前人が居なくて見られなかったような、細かい所も支援の手が届いていました。JDF職員は最後の仕上げとして、新しく入った職員さんが自発的に動けるような状況作りをする事がとても重要だとこの頃思いました。

そして2013年1月からマッチング事業で、1月26日南相馬で行う説明会・相談会2月2日にいわきで行う説明会・相談会を行うにあたり、相馬・南相馬全体を回り、店頭にポスターを貼ってもらう為、全力で走り回っていました。
マッチング事業の重要性、再確認しました。
マッチング事業を担当している、和田さん、古賀さん、川前さん。良い経験をさせていただきました。感謝しています。もちろん送り出してくれた、自分の施設の方にも感謝をしています。

ふくしま。
日本。いや、世界にとっても、とても意味のある場所だと私は思っています。
東北の方たちは親切で、本当にあたたかい。この気持ち、支援に入った方は誰でも分かると思います。この気持ちを”ここからつなげて”行きたいと強く思っています。
ふくしま大会。全国の力で大成功させていきましょう。

 
金子純之介(きょうされん神奈川支部)