南相馬市での支援活動に参加して


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神奈川から、支援に入った塩谷さん。
ずっと、福島を見続けて、心は共にあったよね。
くるみちゃんのTシャツも買って、神奈川の仲間と着てくれたよ。
みんな、福島が好きになって帰っていくよ。

しおのや

JDF、きょうされんの南相馬市への支援が始まったのは震災後すぐのことで、私が初めて南相馬を訪れたのは2ヶ月半後の5月の末でした。
それから今までに5回支援活動に参加させていただいています。
活動内容は、訪問調査と事業所支援です。

訪問調査では、障がい者(身体、知的中軽度)のご自宅、民生委員さん、区長さんのお宅を訪問し、色々な方のお話をたくさん伺うことが出来ました。
立場によっては、責任感や思いが強いほど深く傷ついていると感じました。
国、県、市の制度や補償金では補えないものがたくさんあります。
人の心に触れられるのは、やはり人なのだと強く思いました。
また、原発事故は身体の健康より先に「自分らしさ」を奪うということを知りました。

訪問調査を終え車で神奈川に帰る途中、首都高で荒川沿いから見える東京の景色を見ました。
1週間南相馬で見聞きしたことを思い返し、なんとも言えない複雑な気持ちになったのを覚えています。

事業所支援では、ビーンズ2回、えんどう豆、あさがおに1回ずつ支援に入りました。
初めて行く場所で支援活動ということで、不安と緊張がありましたが、どんなことでも、ほんの些細なことでもみなさんと共感できることを探しながらのあっという間の一週間でした。
利用者さんはカンバッチ作りや資源回収、メール便、仮設商店街のトイレ清掃などをそれぞれのペースで作業をしていました。
仕事があること、誰かの役に立っていると感じることが人にとってどれだけ大切かを知りました。

職員さん一人一人の決断と、日々の関わりの積み重ねにより利用者さんの笑顔が増え、利用者さんの存在と笑顔により職員さんはエネルギーをもらっている姿が見られました。
それから何度か南相馬に行くうちに顔なじみになり、共通の話題も増え、再会の喜びを感じられるようになりました。
また街のあちらこちらに思い出の場所が増えていき、好きな中華料理屋さんもでき、南相馬に愛着が湧いてきました。

南相馬の現状を見聞きし、感じたことを周りに伝えなければならないと考え、少しずつですが折に触れ実行しています。
そして、被災地を見ていない人へ自分の事としてとらえてもらえるには何をどう伝えたら良いのかはこれからも自分の課題でもあります。

活動に参加した中で強く感じたことは、「真実を知ろうとすること」の重要性と、「ひとりでは大変なことでもみんなでやると出来る。時には楽しく乗り切れる」ということでした。
「ひとりを大切にしつつ、たくさんの人とつながる」ということです。
これからの自分の仕事、人生に活かしていきたいです。

最後に、南相馬で働く職員の方々や利用者の方々とこれからもお互いを近くに感じられるような距離感でいられたらすごく嬉しいです。

神奈川県 第三シャロームの家
塩谷祥策

さくら